生成AIの司法への影響は

今井翔太著『生成AIで世界はこう変わる』(SB新書)を読みました。生成AIの技術とそれを取り巻く社会情勢は、一つの技術に関するものとしては信じられないスピードで変化しているそうです。今日の話がもう今日覆されるというようなスピードのようです。

生成AIが与える影響はすさまじいことになりそうで、司法でもこれを活用する時代が急速に来ると思われます。そこで、我々弁護士はどうすべきなのだろうかと、考えた感想をつらつらと書いてみようと思います。

従来のコンピュータ技術(ロボットを含む)は「特別なスキルを必要としない賃金が低い仕事であるほど、コンピュータ/AIによる自動化の影響を受ける可能性が高い」と主張されていたようですが、ディープラーニング登場後の現在のAI技術では、「高学歴で高いスキルを身につけている者が就くような賃金が高い仕事であるほど、コンピュータ/AIによる自動化の影響を受ける可能性が高い」とのことです。

生成AIは、文章も生成できます。事実を与えれば、判決も書いてしまうでしょう。

我々弁護士は、依頼者から事実を聞き取って相談を受け、法律上適用されそうなことを想定し、それに基づいて事実を精査・調査し、その事実に基づいて法律論を構成し、裁判所に書面を提出するという段階を踏みます。

生成AIは、関係ない(相談者本人にとっては重要でも法律的には意味がないという意味)事実を含む事実を記入して相談すると、それに関係しそうな法律を持ち出して、こうなる可能性があるという解答を提示してくれる時代になるかもしれません。その事案に適合する法律論もスムーズに記載してくれるようになりそうです。

生成AIが職業に与える影響には、「労働補完型」の影響(人の労働の効率を上げる)と「労働置換型」の影響(人の労働が失われて代替されてしまう)という影響が考えられますが、司法関係では、「労働補完型」(最終的判断は人がしなければならない)になるのではないかと予想されます。(しかし、時代が進めば、不確かな人間が判断するよりも機械の方が正確な判断をしてくれていい、と国民が思う時代が来るかも知れません。これは予想できません。)

但し、気をつけなければならないのは、間違いではないけれど人にとって好ましくない解答を提示したり、架空の嘘の解答をしてしまう危険があることで、それを防ぐためには、人が解答結果の検証・審査をしたり、AIが参照したデータの情報源の提示をさせたりする必要があります。また、画像の編集や創作もリアルにしてしまうので、写真や動画の証拠が信用できなくなります(そのために、画像データの加工が分かるようにする写真機が発売されています。これからの弁護士は、そうした特殊なカメラを使わなければ、写真を証拠として提出しても信用できない証拠ということになるのは確実です。)

事実の調査はAIはしてくれないので、真相の究明は、弁護士の重要な代替できない仕事として残りそうです。また、特殊な事例(例外的な事例)については、弁護士がこれを見抜く鋭い感覚が必要だと思います。例えば、契約書に調印すれば、「契約は守られるべき」という社会規範的な面からもその拘束力は認められるべきで、「内容をよく知らずに印だけ押しました。」という言い訳は原則として通用しません。「領収書の金額が実際とは違うけど印を押せと言われたから押しました。」という言い訳も同じです。しかし、こんな事例だったらどうでしょう。事業家と称する人が融資をしているのに、契約書に利息の規定がなく元本をただ返せばいいという内容になっています。領収書を書いたのは高齢の、しかも連帯保証人・物上保証人にされてしまった女性です。その事業家と借主、連帯保証人は親族等というような、特に有利な契約をしてあげるような特別な関係はありません。その高齢の女性は、強く迫られて分からないまま実際に借主に渡された金額よりも高額の領収書に署名・押印したと言うのです。事業家が利息もなしにお金を貸すという慈善事業のようなことをする理由になるような事実関係はまったくありません。そうすると、やはり、「水増しした金額の領収書に署名・押印させられた」(つまり、実際に貸した元本に暴利を上乗せした金額を契約上の貸金額にして、それを返させることで暴利を得ようとしている)ということが推察されるわけです。このような特殊事例はAIには判断できないのではないかと思われます。

また、適切な正義感覚やバランス感覚も必要だと思います。事案に適用する法律論はAIが作ってくれますが、「本当にこれでいいんだろうか。この人は救済されるのが社会的に妥当ではないだろうか。そういう解釈をするべきではないだろうか。」という感覚は必要ではないかと思います。もちろん、立法論であれば立法するように訴えるべきで、当該事案解決はあくまでも解釈論の範囲内で検討しなければいけません。その範囲内で、判例変更や解釈変更をしなければならないと思われる事態もありうるわけで、弁護士は、そういうときに適切に対応できるように適正な感覚を持っている必要があるのではないでしょうか。

こうした「事実調査・事実認定力」「社会正義の感覚・バランス感覚」「果敢な決断をする勇気・強い意志」などは、AIが発達しても、弁護士が保持して研鑽し続ける必要がある能力ではないだろうかと思ったりします。将来を正確には予想できませんが。事実の正確な把握をしないで依頼者の意向を無視して安易でいい加減な示談解決に逃げ続けていると、上記のような必要な能力が鈍磨していき、弁護士ひいては司法制度に対する信頼がなくなってしまうかもしれません。よりよい仕事を日々続けて、それを重ね続けることでしか、上記の能力を維持し高めることはできませんから、弁護士は常に研鑽が必要だなぁと思いました。

AIに文書作成などを助けてもらいながら、もっと本質的で重要なことに集中できる未来は、社会にとって良いことになるのではないかと希望を持ちますし、AIのある未来はそういう方向で発展するべきだと願います。

大槻経営法律事務所

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